FC2ブログ

浅野の雑談 ②「伝える」


こんにちは。
浅野すずめです。

今回は、浅野の雑談②ということになります。
(二回目はやるつもりだったので前回①としましたが、この先はちょっとわかりません)


最初に言っておきますが、自分には文芸についての専門的な知識なんて全くないですし、
このブログで書いたことは全部浅野の個人的な意見であることはご了承ください。




文芸サークルは、言わずもがな文章を書くサークルです。
(今回は短歌も文章扱いで話を進めます)


文章を書くというのは、一つの「伝える」手段です。
例えば、「今日晩御飯要りません」と書いたメモをリビングのテーブルに残しておけば、
朝早く起きるのが苦手な自分が、朝早く家を出る親に用件を伝えることが出来ます。


ただ、ここで一つ質問です。

「文章って、伝える手段として優れていると思いますか?」


例えば、目の前でうさぎがとてもかわいく動き回っています。
それをどうしてもうさぎ好きの友人に伝えたいとします。
皆さんはどうしますか?


写真を撮るか、動画を撮るか、どっちかじゃないですかね。

だって、もし自分のもとに文章で「目の前でうさぎがかわいく動いてる!」って送られてきたら、
「写真(動画)送って!」って返したくなりませんか?

そもそも、うさぎがどんな感じで動いているのか、自分の文章による例示じゃ伝わってないと思うんですよ。
なんなら何色のうさぎなのかすら、書いてませんからね。

このように文章で動きを正確に記しきることには無理があるし、
それが出来たとしても、その文章を読んで実際に見ている人と同じ感覚を共有することは困難でしょう。

このように、目の前の出来事を正確に伝えるのには文章はあまり向いてないと思います。



また、気持ちを伝えるのにも、自分はそんなに向いてないと思っています。

メールやLineなどで文章を送るとき、伝えたいニュアンスと違った感じで受け取られてしまうのではないか、とか
なんかそっけなくて怒ってると思われちゃいそう、だとか不安になったことありませんか?

直接会って話す時や電話をする時だったらあまりそうは思わないと思うんですよね。
(発言に気を遣ってしまうとかはまた別の話です)

直接会えば表情や仕草も情報として伝えられますし、電話でも声色は伝えられます。
文章は、文字情報しか伝えられません。

だから、気持ちを伝えるのにも、文章が向いているとはあまり思いません。
(手紙の話は、手紙そのものに内包された雰囲気だったり、手書きの良さだったりが入ってきて、話がこんがらがるので今回は忘れてください、お願いします)



ここまで、
「文章は伝えることに向いてない!」
って、文芸サークルの人間として叛逆とも言えるような行為をしてきましたが、
別に自分は文章が悪いって言いたかったわけじゃないんです。



自分は、
「伝わりきらないこと」こそが、文章の良さなんじゃないかと思っています。
(伝わらないっていうのは細かな部分の話であって、内容自体の話をしているわけでは決してありません。内容の伝わらない文章はもちろんよくありません。)


例えば、こんな文章があったとします。
「桜並木の下を、親子が手を繋いで歩いている。」

この文章を読んで、思い浮かべた場面は、きっと人それぞれだと思うんですよね。

思い出の桜並木を思い浮かべた人もいれば、
家の近くの桜並木を思い浮かべた人もいれば、
最近ドラマで見た桜並木を思い浮かべた人もいるかもしれません。

親子だって、
父親なのか母親なのか。
息子なのか娘なのか。

各々が思い浮かべた場面に、一つとして全く同じものはないんじゃないでしょうか。


もしこれが写真や動画だったら、思い浮かべる場面は一つに絞られてしまいます。
正解を見ているわけですからね。

実際の小説の文章では、もっと細かく描写がされて、もう少し思い浮かべられる場面の幅は狭まるとは思いますが、
それでも一つに絞り切ることは出来ません。


どんな文章でも、「伝わりきらない」からこそ、
このように、各々が自分の想像を通して文章の内容を落とし込んで、理解していけるのは、文章の一つの良いところだと自分は思います。


また、文章を読んだ人は、文章で表現されていない部分に関しても、自分の想像の中で場面を補完していくしかありません。
(こういうのを行間を読むっていうんでしょうか、違いますかね)

例文だったら
・桜はどのくらい咲いているのか
・親子はなぜそこにいるのか
・親子の服装はどんなか

補完できるところを挙げ始めたらきりがありません。

そしてそれはあくまで自分の知識内で、場面を構成する必要があります。
全く知らないことは、想像できませんから。

そうするとその構成された場面は、完全に「自分の知らないもの」とは言えないのではないではないか?と思うわけです。

どこかの知らない場所の桜並木が映像ではっきりと示されてしまったら、その桜並木以外は場面として不正解なわけで、それは「自分の知らないもの」である可能性が大いにあります。
ただ、文章だったら、(示されていない以上は)「自分の知らないもの」になることはないと言っていいのではないでしょうか。



だから、
伝わりきらないからこそ、
文章という伝える手段は、他の手段よりも、
「受け取り手に寄り添うことのできる」手段なんじゃないかなと自分は思います。



寄り添う、っていうとこれは完全に自分の感覚でしかないのですが……
自分と近い、って言い換えたほうがわかりやすいかな?
自分から離れないでいてくれるというか。


映像だとどこか知らない場所に飛ばされたような感覚になる話でも、文章だとあくまで「自分」という範囲内で理解を深められる感じがするんですよね。


伝わりきらないことによって、想像で理解を補えるというか……



文章で伝えたいことを正確に伝えることは、先にも散々述べたように難しいかもしれません。
すると、受け取る側の受け取り方に任せる部分がどうしても出てしまいます。それが良くない場合ももちろんあると思います。

けれどそれは裏を返せば、受け取り手が受け取りたいように受け取れる範囲が広いということでもあります。
これによって、自分の経験だったりを重ね合わせることが容易になったりと、良い部分でもあると自分は思っています。


うーん……
タイトルが「伝える」なのに上手く伝えられてる気がしない!(ごめんなさい)
なんだか話が行ったり来たりしていたし、言いたかったことが伝わったか伝わってないかはちょっとわからないですけれど、他愛もない雑談だと思って許してください。

また、意見が違うこともあると思いますが、そこも大目にみてください。


まとめます。


言いたかったことがあったというよりは、考えてみたかったというか。
作品を作って読んでもらうことは、何かを伝えることとほぼ同義です。
だから、文芸サークルにいると何かを伝えることから逃れることは出来ないわけなんですが。

文章って、伝える手段としてもしかして微妙?
って個人的に思うことがあって、こんな話をするに至りました。

これを作品作りにどう繋げる、とかは特に考えてなくて、単純に文章という表現方法について自分が考えてみただけです。だから終わり方が曖昧かもしれません。


あと、誤解されたくはないのでもう一度言いますけど、
「伝わらない」って言ったのは内容じゃなくて、もっと細かい部分のことなので、そこはよろしくお願いします。
今回の話は、小説を書く上での云々とかではもちろんありませんし、小説を書く上では読み手に伝える努力を怠ってはいけないなーと思ってます。


最後に、一つ。
自分は文章という表現手段がとても好きです。



読んでくれてありがとうございました。



スポンサーサイト

旅立ちの日の前日に

『文芸、といっても物書きをするサークルです。でもワードに何(十)万も文字を打ち込む……ってとても地味ですよね。上手いわけでもないし。じゃあ、なんで書くの、と言われても分かりません。きっと普段の鬱憤とか、ストレスとかを文字に込めて八つ当たりしたいだけなのかもしれません。食事とか、睡眠とか、運動とか、それだけじゃ発散できないもやもやを書き連ねることに囚われているのでしょう。』

卒業アルバムに載るであろうサークル紹介文です。

アルバムでサークル紹介したってしょうがないし、書くことに非常に悩みました。

最初の一文は「怪しい宗教団体じゃないです」だったんですけど、もう一人の四年生である中木にそれは怪しいと言われて止めました。
(ちなみに、私がたたき台を作って、彼に改稿してもらいました。ここにきて初めての共作だと思います。)

そして、卒業にあたって上記の文章以上に書きたいことはありません。

アルバムに後輩との写真も載るので、こちらの文章も明らかにしておこうという意図です。

そんなことの為だけにブログをお借りいたしました。

感動させるような文章は書けずに申し訳ないです。

ただ一つ最後に、これからの後輩の活躍を期待しております。

頑張ってね。

(湊)

浅野の雑談 ①「言葉探し」


こんにちは。
サークル長の浅野すずめです。

まず最初にこの春、横浜国立大学に合格された皆さん。
おめでとうございます!

本当は新生活に向けてのアドバイスとか、そういった内容のブログを書くべきなのかもしれませんが、ごめんなさい。

何を言えばいいか全くわからなくなっちゃったので、自分の書きたいことを書かせてもらうことにします。



伽藍堂では小説を集めた短編集を年二回出版していることもあって、自然と小説を考える機会が多いのですが、自分は個人的に短歌を作ったりもしています。

自分は、小説も短歌も、普段感じたこととか感覚を忘れないことが大事だと思ってるので、日々感じたことを自分なりの言葉でメモしたりしています。
所謂、言葉探しです。

……こういう話をいきなりするのもあれなんですけど、その言葉を小説や短歌にいざ使おうとすると、どうしても自分で納得がいかなかったり、陳腐だなぁって思うことってたくさんあるんですよね。

メモしたときは「これは使える!」と思ってたのに、どうでもいいことだったり、使い古された表現だったりすることもたくさんあるんです。

それが嫌でまた一から言葉を考えなおすと、更に陳腐な言葉になっちゃったりして。
その度に自分の語彙の少なさに悲しくなったりして。
考えれば考えるほど、どつぼにはまる一方で。

そんな時に他の人の作品を読んでしまうと、いつも以上に他の人の言葉が良く見えて、それを自分の言葉と比べちゃって、落ちこむこともたくさんあるわけですよ。
こんな言葉は自分には書けないと、元からそんなにない自信が更になくなることだってたくさんあります。



だから、自分は作品作りは辛いことばっかだなぁって思ったりもしていたんです。



じゃあなんで文芸サークルで活動してるの?って話になりますよね。
自分もそれは疑問に思っていて、新歓期を前にしたタイミングで考えてみたのですが。


考えていくうちに、自分が、そんな作品作りの前段階である、言葉探しの時間を、貴重で、すごく大切な時間だと思っていたことに気づかされました。

確かに、その後に待っている作品を作る時間は辛いことが多いです。


けれど、

日頃から思ったことや感じたことを言葉にして残しておこうとしていると、自分自身の思考や感情と深く向き合えたり。

前だったら気にもしていなかったような風景に、気が付けるようになったり。

ふと見返した時に、その言葉をメモした時の感情を鮮明に思い出すことが出来たり。



こういった、言葉探しの時間を自分が結構好きだったことに気が付きました。


うーん、なんだかあまり伝わらない気もしますね。

上手く伝わるような言葉に出来ませんでしたが、自分にとって大事なことであるのは確かで。


最終的にメモに残っているのは、ほとんどが自分にとっては陳腐な言葉です。

けれど、その言葉の質云々よりも、そこで言葉にしようとした行動こそが、自分にとっては意味があるものだったんじゃない?と思ったわけです。


だから、そんな言葉探しの時間こそが文芸サークルで活動を続ける意味になっていた、と言っても過言ではないのかもしれません。

作品を作ろうと思わなければ、言葉を探す必要もないですからね。


え、何だかよくわからなくなってきたって?
はい、自分でも何を言っているかわからなくなってきたので頑張ってまとめます。


きっと、小説を書いてみたい!とか、短歌を作ってみたい!と思っていても、
自分にはそんな能力がないとか、自信がないとかって思って、尻込みしてしまう人はたくさんいると思います。

大丈夫です。自分にも能力も自信もありません。
それでも一応サークル長です。

もちろん、いい作品を作れることに越したことはないですが、
きっとそれだけが大事なことではなくて。

作品という結果だけではなく、
作品を作るという過程にも、きっとたくさんの発見や、大事なものが詰まってるのだと自分は思います。
(勿論、いい作品を作りたい!と思って頑張ることは大切なんですけどね)

作品の作り方は人それぞれなので、今回書いたのはただの自分の例に過ぎないのですが、
作品を作っていく上で、各々が「文芸活動」をする理由になる大切なものが、見つかるんじゃないかなと思います。

何かを伝えたいだとか、違う角度からモノを見てみたいだとか、
いい作品を作る、と言った最終目標だけではないものが。


まあ、結論を言うと、
いい作品を作るという目標だけだと、自分よりいい作品を見ると心が折れてしまいそうな自分のような人の心の逃げ道になればいいなと思って書きました。

作品を高めること以外にも、文芸活動をする意義はあるんだよ!ってことが伝わったら幸いです。


なのでもし、
自分のようにそんなに自信を持てない人でも、
小説を書いてみたい!とか、短歌を作ってみたい!と思う人がいたら、
伽藍堂で一緒に、活動してみませんか?

技術や能力なんて関係ありません。
やりたいと思う気持ちが大事だと思います。





最低限まとめられたので終わります。
何言ってるかよくわかんなかったらごめんなさい。
深夜に書いたので許してください。
では、また。

批評会、そして

こんにちは!
そして初めまして、今回は紺野がお送りします。

伽藍堂といたしましては、今年5月に行われる「文学フリマ」に出展する際の新刊に向け、鋭意活動中でございます。


……文がお堅いのです。堅くなってしまうのです。

前回の原稿ではそれを逆手に取り、書簡体のお話を書いたわけですが。
ブログではそうもいかないのです。

また、個人的なことを書くのが苦手です。
業務連絡みたいになるので、

可愛い文を、

書けるようになりたいのです。


さて。
以前の記事で、次回本のテーマは『色』だとお知らせしましたが、
先日、各々の原稿を元に批評会を行いました。

他作品をそれぞれ読んで、感想と批評(だいたい褒め)を言い合う会ですね。
なにせ私は大学で初めて小説を書いた身なので、最初は批評会とはなんぞや、というところからスタートしました。

フィードバックは怖い。

楽しいのですけどね!



(締切に間に合った)全員の作品を批評してからは、
いよいよ新歓をはじめとする諸活動について話し合いました。

今週には前期日程の合否発表も行われるということで、新入生をどう迎えるか、
そもそも迎えられるのか、
戦々恐々としつつ準備を進めています。

合格の暁にはぜひ覗きにきてくださいね!


最新の新歓情報はTwitter @ynu_bungei をチェック!


では。

【部員各位】締切のお知らせです

一か月近く部会に行っていないのでそろそろ忘れられている枯木です(;ω;)

試験期間中の全休、どうしても行きたくて友達と赤レンガ倉庫のストロベリーフェスティバルに行ったのですが、その日を境目におさいふの中がレシートまみれになっています。ぜんぶご飯です。溶けるおかねと増えるにく。
春本のペンネームが変わっていたら察してください(;ω;) 次はトンカツかなあ🐷💦
ちなみに、いちごはめちゃめちゃおいしかったです。🍓🍓




さて、春本ですよ
魅惑的なテーマの春本です
締切は11日ですよ。執筆は進んでおりますでしょうか?
枯木は締切の二日後にTOEFLも控えているので恐ろしいです
でも、普段から計画的に進めていたら問題ないですよね



一応、私の進捗を載せておきますね


1549608105155.jpg




わあ








よい春休みを!

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

Twitter
プロフィール

横浜国立大学文芸サークル

Author:横浜国立大学文芸サークル

横浜国立大学文芸サークル“伽藍堂”の公式ブログです。
サークル活動を報告していきます。
メンバーの作品も載せていくかも!?

Twitterアカウントもあります。
@ynu_bungei です。フォローミー!

このブログについて

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カレンダー
03 | 2019/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
アクセスカウンター
あなたは 人目の訪問者です。
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR